- CONDITION
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良好。
右下に印。
極小さなブラウンスポットが複数あり。
- DESCRIPTION
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戦後、現代書は西洋美術思潮の影響を受け、造形としての書を探究する在り方が広がっていった。井上有一は、そのような発展の文脈下、実験書作を展開することで国内外で活躍をした現代書家の一人である。1941年に上田桑鳩氏に師事すると、その後8年間に亘り同氏の下で書を学んだ。50年に書いた「自我偈」が契機となり、書家として注目を高めていった。代表作として、1957年サンパウロ・ビエンナーレ国際展に出品した《愚徹》や井上の生き様を体現した《貧》などがある。また一字書だけにとどまらず、多文字書や言葉書シリーズなど、字の芸術的表現を徹底的に追求していった。
60年代の井上は、墨にボンドを混ぜたり、はたまた墨を凍らせたりしながら、素材自体に創意を加えることで、実験を重ねていった。この時期に、制作された作品には《好》、《母》、《風》などがあり、本作品《淵》は、そんな過渡期に書かれた一字スタイルの作品である。自著『書の解放』で、「書程、生活の中に生かされ得る極めて簡素な、端的な、しかも深い芸術は、世界に類があるまい」と語ったように、本作は、字の持つ深い美的可能性を詮索していった井上の典型的な作品である。